青春VAN日記44
新宿三越の巻 その6(1975年秋)
重々しい木製のドアを開けると、店内からは客達のざわめきとグラス類の触れ合う音が、懐かしい紫煙のベールに包まれて溢れ出してきた。(ああ、何年ぶりだろう。“ダンモ”は!)
「お飲み物は、何になさいます?」
「僕は、当然“STRAIGHT NO CHASER”」
(ダンモ店で『とりあえずビール』はダメ。)
JBLのスピーカから流れ出ていたのは、エラの“SATIN DOLL”であった。
ああ懐かしい!・・・私は、いきなり夢想の世界に没入してしまった。・・・
ここは、ニューヨークの街、ビレッジの片隅の小さなバー。
カウンターに座った一人の金髪美人“SOPHISTICATED LADY”が
カクテルを片手に,物憂げな表情。
そこにブルックス・スタイルに身を固めた紳士が一人。
さりげなく女性の横に近づく。
「“WHAT`S NEW”、お元気ですか、ここに掛けてもよろしいですか?」と会話は始まる。
「ここへはいつも来るんですか?」と続く。
どこにもよくあるパターンである。
やがて、バーテンに向かって、
「この方に一杯。私のおごりだ。」と言いながら、煙草に火をつける。
彼女はささやく。“SMOKE GETS IN YOUR EYES”.
「でも、そのシガレット・ホルダーが、私を興奮させるわ。
肩越しに私を眺めていった男。
私をさがしに来たんじゃないの、“SATIN DOLL”さん!
ベイビー!スキップしながら、いっしょに行かないかい!
気を付けなさいアミーゴ、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃない。
ラテン語をしゃべる私のサテン・ドールさん。
あなたは誰のものでもないんだから、私はできるだけクールに振舞っているつもり。
ちょっぴりと熱くなればいいんだけど、
私を虜にする男なんて、どこにもいやしないわ。」・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・(ひどい訳でごめんなさい)
「でも“JUST IN TIME”よ。」
男はいつの間にか口説きにかかっている。
「“YOU ARE TOO BEAUTIFUL”・・・・・
“BUT BEAUTIFUL”」
男はさらに続ける。
「君と、二人で “TEA FOR TWO”。
いや、夜明けの“BLACK COFFEE”をいかがですか。
今夜、恋の手ほどきを“TEACH ME TONIGHT”.」
ところが女性の方も、この手の口説きには慣れていた。
「もう“DON’T EXPLAIN”何も言わないで。」
「私、今夜はとても疲れているの。
やっぱり“DON’T WORRY ABOUT ME”ほっといてちょうだい。」
男は言った。「“DON’T BE THAT WAY”その手は無いよ。」
彼女は出て行ってしまった。“GOOD BY”の言葉を残して。
「やはり、“THE LADY IS A TRAMP”レディは気まぐれなのか、・・・!」。
「もしかしたら、彼女は“LOVE FOR SALE”だったのかもしれない。しかしいい女だった。」
“I REMENBER YOU”
・・・いや“I`LL NEVER FORGET YOU”!
・・“AFTER YOU GONE”。店内には男だけが残った。
“I CRIED FOR YOU”。
そして男は思った。
もし“YOU′D BE SO NICE TO COME HOME TO”ならいいのだが。・・・と。
( なんだこりゃー。
・・・・さあ、スタンダード・ナンバーが何曲出てきたでしょうか? )
「どうしたんですか横田さん?」
皆に声を掛けられて、ようやく酔いの廻った頭が現実の世界に戻ってきた。
「・・・ところで、なぜトラッド好きは、Jazzが好きなんですか?」
まるでターン・アラウンド(曲のあたまにもどる)のような質問に、私は一瞬言葉を失ってしまった。
「 たとえば・・・若き日のエラ・フィッツジェラルドは、いわゆるアイヴィー・リーガー達のアイドルだった。エール大学、ハーバード大学等でのカレッジ・コンサートは、いつも超満員であった。
ブラック・マンデー後の1935年頃の事だ。この頃はスイング・バンドが全盛・花盛りの頃で、エリントン、ベーシー、グレンミラー、ベニーグッドマン、ウディハーマン、スタンケントン、トミード−シー(1940年シナトラ専属となる)、フレッチャ−ヘンダ−ソン、アーティーショウ等々、枚挙にいとまがない。
その頃のエラは黒人ドラマーのチック・ウェッブが率いるスイング・バンドの専属歌手だった。若き日の彼女のスイートな情緒あふれるヴォーカルは、若きエリートであるアイヴィー・リーガー達のハートをたちまちときめかせた。また、そのルックスもキュートな可愛さを感じさせるものであった。という。(参考、スイングジャーナル。・・60年代のエド・サリバンショー出演以後の豊満なお姿しか知らない私には想像がつかないのだが。)
なぜ、アメリカ合衆国の最高知的水準のアイヴィー・リーガー達が、
特にジャズを好んだのか?
・・・しいて言えばスタンダードには、それぞれにBECAUSE(背景・物語り)があるから。
・・・しかしそれを説明することは、野坂昭如氏・タモリ氏・赤塚不二男大先生・中村誠一・坂田明氏等、日本の文化人の多く?が、なぜ“吉永小百合”様を、生き神様と崇めるのか、その理由と同じほど困難なことであるので、・・・後日あらためての事にしたい。 」
・・・こうして歌舞伎町の夜はふけていった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく
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