青春VAN日記75
本社営業の巻 その18(1976年夏)
<期末返品作業>
山手通りを北上し、左折して目白通りへ、谷原交差点を右折して高島平団地を過ぎると笹目橋である。この橋をわたれば、目的地“美女木”はもうすぐだ。
朝の9時、2台の営業車に乗り込んだ各チョップ営業社員10名が向かっているのは、丸井戸田・商品流通センターである。
8月は、春夏物と秋冬物の店頭商品入れ替えシーズンである。
下期立ち上がりの前に、全店の上期商品の大規模な返品作業が行われる。丸井様においては、すべての納返品作業は戸田センターにて処理される。
丸井各店より集まった春夏商品の返品処理を、私達が作業するのである。
「わー、すげえ量だ!」
代々木体育館ほどもある集荷場に積み上げられたパッキン(ダンボール箱)の量はものすごいものだった。今日1日を掛けての整理、分類、検品、返品伝票作成だ。
・・・暑い!つらい!腹減った!・・・大変な作業である。
本日の作業メンバーは、石川主任、川島、包国、金澤、佐野、横田、清水、土岐、福島、葛西である。
さすがの若者たちも、まるでガダルカナル島のような環境に悲鳴をあげる。
「全く、誰がこんなにたくさん納品したんだ!」
・・・それは俺達だ!
「なんで、こんなにたくさん売れ残るのだ!」
・・・俺達が入れ過ぎたからだ!
「これほどの量の返品を、会社はどう処理するんだ!」
・・・バーゲンだ!
・・・それで良いのか? 良い訳が無い!
返品処理作業は、営業マンにとっての苦しい勉強であった。
会社の利益を作るための営業社員が、反利益行為である返品作業を、自らが処理しなければならないのだ。商品が売り切れていればあるはずも無い、利益を減らすための作業なのだ。
返品は、まさにメーカーにとっての、採点されて返ってきた答案用紙だった。
我社は、昔から「好きこそ物の上手なれ」社員で満ちていた。
「自分が好きな商品を作って、自分の好きなお店で、自分の好きなお客に、自分の好きな数量を売っていた。」
自分自身達がVANが好きで仕事をしていたからである。
同様に、VANが大好きでショップをやっているお店からは、好きなVAN商品の返品などあるわけもなかった。お互いに好きでやっている“好き者”の集団であったといえる。
その商品と人の集団の醸し出す“におい”が業界他社と大きく異なる独特の「VANらしさ」でもあった。そしてこの“VAN好き”という言葉は、お互い仕事に“責任を取れる”信用の裏返しでもあった。
ところが、昨今、従業員数・千人を越す大企業となり、大商社も介入してくるとなると“好き”だけでは通用しなくなった。
“企業の論理”が優先し“におい・らしさ”よりも数字と理論と実績が優先する企業組織へと変貌していった。
だが、組織が大きくなり「予算達成率、前年対比、坪効率、商品回転率etc」などと営業数字が声高に叫ばれるにつれ、皮肉にも、営業効率は下降線を辿っていった。
いままでは「自分達の好きな商品を作る!」「自分の好きな商品は絶対に売れる!」、物作りから販売にいたるまで自分の信念で動く。それがVAN社員の営業だった。
それが今や細分業化された大組織になった。そして“におい・らしさ”は薄れ、休日にも“好き”で会社に遊びに来るような社員は減っていった。
そして「与えられた商品を、与えられたお店に、与えられた予算達成のために納品する。」
普通のサラリーマン・タイプの営業社員が増加した。好き者は減少した。やがて、VANの良さをお客様に広め、喜びや満足感をお届けするはずの営業が、会社から与えられたノルマ達成のため手段を選ばず、お客様である取引先に対して、伝票の“赤黒操作”や“義理納品”、“特掛け”等を依頼するようになってしまった。
実に悲しいVANらしくない営業の変化であった。
それらの原因は、VANの商品ならなんでも売れるはず、という過信から来る、不必要な商品の作り過ぎ、たくさんのチョップの作り過ぎ、なのだ。
倉庫に行けば、生産したものの、納品される事も無く眠ったままの不良在庫まである。
そして、営業はこれらを消化するための無理な納品のやり過ぎなのだ。
そもそも予算が間違っている。手の拡げ過ぎなのだ。
VAN社にとって、命である“におい”や“らしさ”がどんどん消えてゆく。
だから私は、我社の大規模化は反対なのだ。
趣味・嗜好が売物の会社は、小規模でなければ香りは保てない。
( ちなみに、我Kent部においては、
創設以来“赤字”など一度も無い!)
そして期末返品の数日後、上半期総括の全営業会議が開かれた。
私は質問した。
「赤字になってしまった我社の営業のやるべきことは、唯“売って売って売りまくれ”ではないと思います。赤字の原因は増大する不良在庫にあると思います。不良在庫を生み出す原因は、前年納品実績に基づく予算作りにあると思います。
営業予算は回収できた“純売り”を基に作るべきです。そうでないと毎期毎期、返品分までをわざわざ生産することになってしまいます。それでは永久に返品は減りません。
今や、商品生産量は不足させるべきです。
年間予算に匹敵する大量の在庫品を抱えているのに、なぜ新規商品をこれほどたくさん生産するのですか?店頭ではそれなりに売上を維持継続しているのに、なぜ消化量以上の無理な納品を続けさせるのですか?無理な新規納品をすればするほど、店頭の在庫品は返品され、無理な入れ替え作業で倉庫在庫は増加するばかりです。
現状売上の維持であっても、十分な利益はあげられます。この上は、新規生産は控え、在庫品を先に売るべきではないでしょうか?」
単純無知な私の質問にも、上司の明確な答え、指示は得られなかった。
上部も混乱しているのだろうか?
しかし、このままいったら、我社は6500万年前の巨大恐竜と同じく、巨大な身体をもてあます運命になってしまうではないか?どうしたらいいんだ?
(※以上は、1アイビー狂い社員の私だけの当時の個人的考えであります。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく
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