青春VAN日記50
新宿三越の巻 その13(1975年12月)
江戸八百八町、静かに眠る丑三つ時。夜道を駆け抜ける火消し装束の武士の一団。目指すは本所、松坂町、吉良屋敷。
突如として夜空に鳴り渡る、山鹿流陣太鼓の響き。
「おのおの方、ご油断めされるな!討ち入りでござる。」
「おであいめされい、吉良はいずこ」・・・
・・・いいねえ!実にいいねえ! 今年もやってきました“赤穂浪士”のシーズンが!
年末恒例の定番時代劇。毎年繰り返し演じられているのに、ついまた見てしまう。全く飽きないねえ。そうか!あきないでやるから商いか。(ガクッ)・・さあ、仕事、仕事。
・・・などと例によって一人合点しているうちに、すっかり1975年も押し迫ってきた。
売場には、ビング・クロスビーのジングルベルが流れ始め、光り物を多用したクリスマスツリーのディスプレイがいちだんとムードを盛り上げる。さあ年末商戦のピークである。
華やかなこのプレゼント・シーズンには紳士服売場にも女性客が急増する。
・・・実は、私はこれが苦手だった。・・・
今日も、OLとおもわれる二人連れの女性客がやってきた。
「いらっしゃいませ」。遠くからひと声をかけたまま私は見ていた。
すると、彼女達は、きれいにたたんで揃えてあるニットを片っ端から手に取り、広げては自分達の胸に当て「ねえ、これ似合うかしら?」。次から次へと広げては、そのまま置きっぱなし。とにかく何でも商品をさわりまくる。ちらかしまわる。
・・・次には若い店員を呼んで、ディスプレイのボディに着せてある商品を指差し、「ねえ、あれを取って見せてくださる?」若い店員が苦労して脱がせ取ってあげると、
また自分の胸にあてがいながら、ああでもない、こうでもない。・・・散々迷った挙句、
「やっぱり、私には似合わないみたい。またにします。」 だって。
なんたる無神経。・・・フザケルナ!
ある時には、
「彼に、プレゼントなんです。このシャツください。」
「お客様、シャツにはネックやリーチなど微妙なサイズというものがあります。ご本人様を同行されるか、またはサイズをご確認の上でなさった方がよろしいですよ。」
「毎日会っているから、彼のサイズはわかりますヮ。大丈夫ョ。これ下さい。」
そして、1週間後。・・・パッケージから出して着用したと思われるシワクチャの商品をお持ちになり、レシートも持たずに「サイズが合わなかったから、返金して下さい。」
非常識にもほどがある。・・・ふざけるな。
(青山Kent・shop時代の私だったら、迷わず、客のマナーについて説教しているところだ。)
(ああ、女子高の先生にならなくて良かった。)
ことほどさように、メンズ売場での女性客の買物パターンは、男性客とは全く違う。
男性には目的買い客が多いが、女性は見回り客・ひやかしが多い。当然紳士服の基礎知識が無いから、意思決定に際しても優柔不断であり、時間がかかり、衝動買いが多くなる。
彼女達は服を選ぶ際に、着る人のT・P・Oなどほとんど考えていない。(本人着用は別)
本人の直感と好き嫌いだけで服を選ぶ。フィーリングだセンスだと抽象的なことを言う。
そこには服のセオリーやコーディネイトは存在しない。伝統も機能も歴史も存在しない。アメリカンスタイルもヨーロピアンスタイルもない。無規則、無秩序、無国籍である。
“ただカワイイかカワイクナイか、似合うか似合わないか”だけである。
「それを判断するのは貴女ではなく周囲の人達です」、などと理屈をいっても通用しない。自分の浅薄な“感性”なるもので押し通す。そのくせ、その価値基準は圧倒的にCONFORMITY型であり、世間の評価を異常なほど気にしていて考えが自立していない。
女性客達は「服」に歴史や理屈・うんちくや能書きを必要としていない。したがって女性客にトラディショナルを売るのは大変なのである。(・・・キムタクも着ているんですよ。カワイーイ、よくお似合いですよ、と言えば簡単に売れるのに・・・・・。)
「カワイーイ」・「似合う、似合わない」論は理解に苦しむ。服は顔に合わせる物ではない。そもそも“かわいい”とか“似合う”と言う言葉の意味合いが私達と違うらしい。
何にせよ、ファッションというものは、自分に服を合わせる、もしくは服に自分を合わせるものであり、自然に似合うなんて、そんな簡単なものじゃないのである。
男は自分の身の程を表現する服を選ぶが、女は自分を身の程以上の別物に見せようとする。
これは仮装であり詐欺である。質実剛健・温故知新の世界などとは全く無縁である。
(・・・ここでお断りしておきますが、トラッドとは決して女性を蔑視したり、差別したりするものではありません。むしろジェントルマンの精神でこよなく大切にし、尊敬するものであります。ここでは価値感の違いを書いております。)
だから役にも立たないアンティークや昔の思い出の品などを、後生大事に持っているような男の趣味や能書きは、現実的な女性にはなかなか理解してもらえないのである。
したがって、Kentは「女性には、トラッドはわからない。」
「女にスーツを選ばせる奴は出世しない」とまで主張した。・・・「Kent for Women」は絶対に作らなかったのである。
・・・そして私は女性客から逃げまくっていた。 (
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく
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