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続・青春VAN日記33

ヴァンカンパニーの巻 その17(1982年3月)

<春の青山風景>

青山3丁目交差点にあった“ALL MY T”(VANTシャツショップ)は、再建後“小さな花屋”さんになっていた。花屋のご主人は朝の出勤時には必ず声を掛けてくれる愛想の良い人だった。

花を見ながら他愛も無い立ち話をするのが毎朝のパターンだった。


Kent SHOP前にて
下は青山通り356ビル辺りの歩道橋よりベルコモンズ方向を眺める


すっかりと陽気が春めいてきたある日、花屋・テイメン・アゼリア・私の3丁目の面々が店前の道路清掃をしていると、向かいのピーコックの方から赤い自転車に乗った石津会長がやって来られた。

町内ご近所一同、「ございます!

会長は再建後の石津事務所を“かついち通り”の奥で開かれていた。

近頃は青山通りにお元気そうな会長のお姿がひんぱんに見られて、町内一同嬉しいかぎりだった。

100番のヴァンガ−ズ・オーナーキャップにトレーナーという若々しい姿でご来店された会長は、手には大きな紙袋をご持参されていた。


「おー、横田君いたか、ちょーどよかった。春らしくなって来たので衣替えをと引っ張り出してみたらスラックスが少々キツクなってきたので、調整してくれないか。」


「はい、かしこまりました。お預かりして明後日事務所にお届け致します。」


私は、店のKent商品の修理・補修業務は、
渋谷の縫製上手“小沢工房” さんにお願いしていた。X社倒産以前からの長いお付き合いである。

ナチュラル・ショルダーもウエルト・シームもパイプド・ステムもVANを知り尽くした職人さんである。
したがって当店では、Kent商品本来の縫製面はもちろん、VAN時代の商品の補正・修理にも自信を持って対応していた。


Kent商品は、何十年たとうがお召し頂けるのだ。
Kent商品は、責任を持って子や孫の代まで着続けて頂くのだ。

それが私の信念だった。

会長の紙袋の中には、10数本のスラックスが入っていた。
NiblickGrayFlannelMrVanWranglerVANKent・・・。
いろいろなジャンルが混在していた。

驚いた事に、すべて一般の既製商品であった。ディオール、カルダン、ジョンワイツ、コルシーニ、アルマーニ、ラルフ・ローレン、ジェフリー・バンクス・・・、
いままで会長が携わってこられた、英米欧の高級ブランド品は入っていなかった。

会長のワードローブは、ブランドごとの細かなディティールの違い世界中のスタイルの違いなどというものは超越していた。

“モノ”にはしばられない、“モノ”を完全に使いこなす“石津謙介の世界”だった。

そして、紳士服の頂点を極めた我が校長先生御愛用品の中には、
裾が擦り切れて傷んでいる年代品までもが有った。
会長が、気に入ったモノをどれほど大切にし、長く愛用されているのか、そのお気持ちが伝わってきた。


「・・・英国では今でも、着古して擦り切れた肘に、皮のパッチを施したツイードのジャケットを、親から子へ、子から孫へと受け継いでいく思想が、脈々と息づいているという。

それは彼らのプライドの表れでもあり、歴史や伝統を知り、伝える者の誇り有るカッコ良さなのだ。
彼らは知っている、品質の良いベーシックなものは、流行などというものを、いや時には時代さえも超越してしまう事を。
伝統とは、まさにそういった物なのかもしれぬ。

最初に少々の投資はしても、長い間大切に使えば、結局は倹約になる。“倹約”は“ケチ”とは違う。私は知的なダンディズムだと思う。

無駄な金を使い、意味無く消費することが一番カッコ悪い。
トレンドとやらを追いかけ疲れ果てるのはやめにしようではないか。

                         
                        ・・・石津謙介



私は、裾のほころび等も勝手にカケハギ修理させて頂いた。

個人にとって本当に良い“モノ”とは、
けっして、高級品やブランド品のことではない。

自分の人生や生活に適した物が“本物”である。
自分にとっての本物を見つけるためには、自分の目を養わなければならない。目を養うためには教養を積まなければならない。

・・・“汝自身を知れ”。人は自分自身の生き様を決めた時、その時初めて自分にとっての“本物”が分かるようになる。

会長は、ご自身の身に付けるものは全てご自身の目で選ばれる。人に勧められて買物をするなどということはほとんど無い。そしてそこには廉価なVANのコットン・スラックスもあれば、旅の途中で買った、ナンタケットの赤いズボンもあった。

まさに“弘法筆を選ばず”であり、“達人は道具を選ばない”であった。


私は、会長のお持ちになった修理品の紙袋の中に、男の「ダンディズム」と「トラディショナル」の真髄を見た。


「私は、やたら贅沢な話、非日常的な“モノ”には興味がない。
たとえば最高級の酒なんて、毎日飲み続ける訳にゃいかないんですよ。
ファッションも同じ事。
・・・世界の高級品といわれる“モノ”の虚像によりかかって安心するような卑怯者にはなりたくない。
自分が満足するものが、自分の一流品なんですよ。」
・・・石津謙介


日本中の自称“おしゃれ”を自認する“あなた”。

欧米高級ブランドを崇拝して流行最先端を自認するあなた。

いつも新しいトレンド品を求め続けるあなた。

TVの中の“チンドン屋”
(チンドン屋さん引き合いに出してごめんなさい、あなた方は販促・宣伝の達人です。)
のような自称デザイナーの言葉に耳を傾けているあなた・・・。


あなたがおしゃれの達人になるには時間が掛かりそうです。




私は、コーディネイトの技術的上手だけをおしゃれの達人だとは思わない、上手や名人は、達人とはちがう。

中国にこんな古い話があった。


「・・・ある弓の達人が山にいた。
そして、次に弓の名人の名を得ようとする人間が現れた。そのためには、達人を探し出し、勝負して勝たねばならない。

彼は山に入ってとうとう達人を見つけた。
そこで、挑戦者は素晴らしい弓と矢を取り出し、空高く飛んでいる鷹をめがけて射た。石のように鷹は落ちてきた。その矢を抜く。

鷹は羽根を射抜かれただけだったので、
傷つくことなく元気に飛び去った。

得意顔の挑戦者を静かに眺めて、次に達人が立った。
なんと彼は素手であった。だまって岩頭に立って鷹をにらむ。

彼は目に見えない空の矢をつがえ、弓をひいているのだ。
やがて空の矢が放たれると、鷹は石のように落ちてきた。

目に見えない空の矢を抜き取る仕草をすると、鷹は、元気に飛び去っていった。・・挑戦者は達人の前に額づいた・・・・・・・・。」

完全な敗北である。
上手や名人と達人とは、レベルの違いではない。
次元が異なっているのだ・・・。


達人とは奥義に達している人、単なる上手・名人とは違う。



    ・・・・・石津謙介先生こそ真の達人であった。・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく

        










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