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続・青春VAN日記34

ケント社の巻 その1(1982年)

<ケント社設立にむけて>

1981年に新ヴァンヂャケット社が設立されて以後というもの、ケント部門担当者達は“チョップ別・会社独立化の新社方針”にのっとり、連日、会社設立準備に取り掛かっていた。

今まではXグループ内の1チョップに過ぎなかったKentブランドは、はたして1企業としてはどうあるべきなのか。

経営理念・方針、営業規模・予算、会社組織、財務管理、商品企画、営業販売、取引形態、宣伝販促、物流商管、人事、新規採用・給与・福利厚生・・・、
今まで再建に携わってきた社員達の夢と希望はそれぞれに有り、その議論は尽きることが無かった。

ただ、全員の胸には “かつての失敗は二度と繰り返したくない”と言う決意だけは共通していた。

社員達の意見百出の準備段階ではあったが、“私個人”の描くKent像は旧社時代以来、実に単純明快だった。
「目標は“TRADITIONALCLOTHING”の普及と伝承である。」

徹底的にトラディショナルの世界を追求し、猫の目のように移り変わる流行ファッションの世界には加わらない。
伝統とは継続である。継続していくことに意味がある。

石津先生、くろす先輩達の創り上げた“Kent・ism”を伝承する。


伝統の英国ビスポークテイラー型の小規模経営を範とし、日本既製服で最初の “伝統の100年ブランド”作りを目指す。そのためには、旧Kentを引き継ぐゆるぎない信用作りが基本となる。

その商品ポリシーは、“機能のない服は作らない、物語のない服は扱わない。”男の人生を応援する“丈夫で長持ちする服”を作りたい。
そして営利企業であっても金儲け主義であってはならない。商品価格帯はあくまでボリューム・ゾーンを対象として、より多くの消費者に末永くご利用いただきたい。

生産体制は、小回りの利く小ロット・多品種生産の短期サイクル受注生産体制をつくりたい。

かつては、シーズンより1年も前に売上予測をして立てた予算計画を実行していたが、これでは日々変化するマーケットには対応することが出来ない。あたりはずれのリスクが大き過ぎる。

かつての大量一括注文を望むメーカー・工場に対しては、大量生産の危険性、デメリットを説明し、“現金100%即支払い”等の小口発注のメリットを実行し、より短期サイクルの生産体制を早期につくりたい。

そして小売取引形態は、米国型“完全買取”でありたい。
莫大な倉庫・物流費・人件費が必要となる“委託取引”は御免だ。

会社にとって悪夢の返品作業やバーゲンなどは無いほうが良い。
“売り切れ御免なさい”のほうが健全な経営なのだ。

そしてTRADを愛し理解してくれる取引先とのみお付き合いしたい。
楽しい人間関係を作れなければ仕事は決して長続きはしない。


・・・これで、はたしてどれだけの商いが出来るものだろうか?


しかしながら、入社以来常にマーケットに身を置き続けてきた私には確信があった。

日本中の小売店・業者様には、必ず心ある一国一城の主が存在するはずだ。
Kentの良さやトラッドの世界を正しく伝える事が出来るなら、必ずや御理解を頂き、受け止めてくれるはずだ。

私の営業方針は、適正規模の直営店・専門店を中心とする小規模展開の純利益第一主義だった。


(・・・やればやるほど強大な力でメーカーを搾取し、売れば売るほどメーカー社員の負担と苦しみが増加し、トラッドを単なる売上作りのための1道具としか扱ってくれない、そんな大手大規模小売店様とは、二度と関係したくなかった。
今、我世の春を謳歌する大規模小売店様には、さわらぬ神である。

現在の我社には、百戦錬磨の百貨店バイヤーに太刀打出来るだけの営業・販売の免許皆伝社員は少なく、その体制には無い。
やれば必ず力負けし、引っ掻き回されることになるだろう・・・。)

“老舗”の名誉をめざすものは、大規模小売店と関わってはならない。

今後、もし当社内において営業拡大至上主義者、納品金額高第一主義者が多数となり、その大量取引が商いのメインとなることがあれば、ブランドは消耗品となり、全国の専門店やメンズショップは力を失い、私の夢見る“100Kent社”は、実現することは無いだろう・・・。
(それはPOLOBROOKS・JPRESSであれ同じことである。
         ブランドの命は、希少価値なのである。)



そして、潟Pント・人員配置が決定された。



牧尾裕輔社長、早川和夫監査役、宮川烈常務、清徳宣雄専務、総務・渡辺敏和、制作・武部陽一、企画・横山勉、商管・山内昭一、営業販促・横田哲男・・・。


私は、とうとう・・・、青山KentShop店長から潟Pント営業担当になってしまった。

(出来る事ならと一生涯Kent店長を希望したが許されなかった。

私がいなかったら、青山Kent-Shopはいったいどうなるのだ!たくさんのお客様・関係者達の顔が目に浮かんでしまった。)

かくして私の新任務は、Kent社設立に向け、全国・新取引店の営業開拓となったのである。

既存のカンパニー直営店舗以外は、全くの“ゼロ”からの出発であった。

今後の日常業務は、年間の大部分は全国各地出張の旅となるだろう。

けっして安穏な望ましい生活とはいえないが、しかたがない。


今やKentの顔たる私以外に、だれがその重責を果たすのか!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく

        










“VAN SITE”ZOKU-SEISHUN VAN NIKKI 34
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