PAGE1 PAGE2 PAGE3 PAGE4 PAGE5 PAGE6 PAGE7
PAGE8
PAGE9
PAGE10
PAGE11
PAGE12
PAGE13
PAGE14
PAGE15
PAGE16
PAGE17
PAGE18
PAGE19
PAGE20
PAGE21
PAGE22
PAGE23
PAGE24
PAGE25
PAGE26
PAGE27
PAGE28
PAGE29
PAGE30
PAGE31
PAGE32
PAGE33
PAGE34
PAGE35
PAGE36
PAGE37
PAGE38
PAGE39
PAGE40
PAGE41
PAGE42
PAGE43
PAGE44
PAGE45
PAGE46
PAGE47
PAGE48
PAGE49
PAGE50
PAGE51
PAGE52
PAGE53
PAGE54
PAGE55
PAGE56
PAGE57
PAGE58
PAGE59
PAGE60
PAGE61
PAGE62
PAGE63
PAGE64
PAGE65
PAGE66
PAGE67
PAGE68
PAGE69
PAGE70
PAGE71
PAGE72
PAGE73
PAGE74
PAGE75
PAGE76
PAGE77
PAGE78
PAGE79
PAGE80
PAGE81
PAGE82
PAGE83
PAGE84
PAGE85
PAGE86
PAGE87
PAGE88
PAGE89
PAGE90
PAGE91
PAGE92
PAGE93
PAGE94
PAGE95
PAGE96
PAGE97
PAGE98
PAGE99
PAGE100
PAGE101
PAGE102
PAGE103
PAGE104
PAGE105
PAGE106
PAGE107
PAGE108
PAGE109
PAGE110
PAGE111
PAGE112
PAGE113
PAGE114
PAGE115
PAGE116
PAGE117
PAGE118
PAGE119
PAGE120
PAGE121
PAGE122
PAGE123
PAGE124
PAGE125
PAGE126
PAGE127
PAGE128
PAGE129
PAGE130
PAGE131 PAGE132
PAGE133
PAGE134
PAGE135
PAGE136
PAGE137
     


続・青春VAN日記130

ケント社の巻 その961988年春)

<石津謙介・男のこだわり展>

1988514日。渋谷東急本店・特設会場において
「石津謙介・男のこだわり展」が開催された。

㈱東急様とVANの関係は古い。

これは、東急・五島総帥と御懇意であられた石津会長との御縁に始まって、
百貨店での商品展開・㈱東急エージェンシー様等との
業務の交流が
あったからである。


V社再興以後にも、

・東急百貨店での“ケンコレクション”“ケンスポーツ”取扱い、

・ 店内での、石津謙介“Ken’sカタログ”の発行、
・食料品売り場での“Ken印サラダ・ドレッシング”の発売、
・会長の東急電鉄・乗務員の制服デザイン、

・・・等のお付き合いが続いていました。


・・・私達が子供の頃の渋谷には、東急電車・地上地下鉄駅・都電・
トロリーバス・・・、
東横のれん街、東急文化会館での映画、
五島プラネタリウム
等の懐かしい思い出がいっぱいありました。


V社が成長して日本橋から青山に本社移転した1960年代。
渋谷は㈱東急によって文化の街に発展したとも言える。
(※青山は、VAN社の登場によってファッションの街に成長した。)

又、この頃の夜の渋谷は、某○○組の有名な親分が仕切っていた。
その組の若集頭が、日本航空パーサーでもあった、あの・・、
“塀の中シリーズ”で有名になられた作家“安部譲二さん”だった。

青山に進出した石津社長と安部譲二さんは、夜の渋谷や、
青山“かめい東京”での、飲み友達だった。



・・・そして又、この時代は、V社が“VANミュージック・ブレイク”のTV番組提供を
やり、
石津社長と前田武彦さんが軽妙な駆け引きのトークを繰り広げ、
V
社員達が麻布の渡辺貞夫さんの家に上がり込んで、酒盛りをしていた頃、
でもありました・・・。



・・・あれから25年。会長の新著「大人のお洒落」出版を記念して、
東急本店で「石津謙介・男のこだわり展」が催されたのです。

本店8Fの広い特設会場には、会長の“男のお宝”の数々が大量に
展示されていた。



“凄い!凄すぎる!”

人生を楽しむ達人であられる会長が、その長年の人生で愛用された衣・食・住の
膨大な “ こだわりの品 ” が、所狭しと陳列されていた。



・・・“これは昭和の博物史“だ!

●戦前の岡山での優等生時代や東京で徹底して遊んだ
 学生時代の
数々の御写真・思い出の品々。

●戦中に英国式を教えてくれたミスター・スライ氏との
 思い出の
エンブレム。

●アイビーを教えてくれた米軍オブライエン中尉の思い出。

●戦後のVAN創業時代の歴史的商品の数々。

●「 VAN誌・男の服飾 」や初期の 「 メンズクラブ・男子専科 」  等の懐かしい各雑誌。

●数多い海外旅行での思い出のスーベニア。

●世界のホテルのリネンやコスメチック・ルームタグ・チケット。

●ナンタケット海岸の貝殻と砂。

●東京オリンピックの真っ赤なブレザー。

VANキャンペーン・ノベルティ・プレミアムの数々。

●栄光の“東京ヴァンガ―ズ”総監督の100番ユニフォーム。

●イベントで制作した帽子やスタッフジャンパー、エプロン。

●ご愛用の靴・帽子・傘・手袋・自転車・グッズの品々。

●ノーマンロックウェルの絵画集。

●世界の看板やPOP.類。

●デコイ・魚・クジラ等の置物・人形。

●愛用の大工道具や文房具や料理道具。

●そして食器類・マグカップ・グラス等。

●ビー玉やネジや釘・空き瓶・空き缶などのガラクタ類
お宝です)

●私も事務所にお届けした新VANKentノベルティ。

そして人生を共に過ごされた、沢山の御友人・お客様の御来場。


・・・これは“近代日本の文化史”・“日本のMoMA”だ!


やがて会場では、石津会長のスピーチが始まり、

会長流“男のこだわり術”の数々が爆発した。

・もう一度、自分自身の生活を見直してみないか?

・シンプルでファッショナブル、これが現代の“衣”ということだ。


・心が温まる“食事”をとることがその人の人間性の表れだ。


・グルメを名乗る前に自分で料理を作ってみたら。


・現代の“住”の重要なエレメントは、快適な環境を楽しむ事だ。


・良い住まいとは建物に金をかけることではない。

・いきすぎたブランド志向、本物志向をボクは排除する。


・お金の使い方にも上手と下手があることを知りなさい。


・常に身の回りの事を興味を持ってながめてみよう。


・他人の事を気にしてこそ、自分の姿が眼にうつってくる。


・もっとエレガントさの勉強が必要だ。


・胸を張って、もっと有難うの言葉を言おうじゃないか。


・学歴よりも必要なのはパーソナリティだ。


・男の宝とは金銀財宝ではない・・・・・等々。


そしてステージでは、本日のメインイベントである
前田武彦さん、安部譲二さんとの公開座談会が始まった。


会長

「・・・まだウエスタンやカントリーミュージックが日本で出始めの時だった。
 あのブラザース・フォーをアメリカから呼んで全国を唱って廻ったのも
 この頃のことだった。
 私は自分の会社のTV提供番組に、毎回出演していた。

 エレキバンの会長じゃないが、全くいい気なもんだった。
 しかも主役はあの今をときめくナベサダ氏。
 彼の名がマスコミに有名になり始めた時というのだから、
 本当に夢の様 な昔話だ。

 この番組のおしゃべりは、これもまたTVで人気の出始めた
 前田武彦さん。
 この二人の間に交じってタンバリンなんかたたいて、
 私が一役買って出るのだから相当図々しいものだった。

 リハーサルも無しのブッツケ本番だから話は余計に面白い。
 あの “ミュージック・ブレイク”は面白かったなあ!」


前田武彦さん

「 あれが私の出世番組だったのヨ。
 あんな勝手なおしゃべりが出来たもんだから、すっかり調子づいちゃっ
 てサ、あれ以来 “言いたい事言いの前武さん”の異名を頂いて
 しまった。
 それが後々随分と災いになったなあ・・・。
 それでも仕事の後は、皆でよく飲んだねえ!」

安部譲二さん

「 そこで出会ったのが俺だったのよ。
 勤めていた日本航空で問題を起こして首になっちゃって、
代紋を
 つけていた渋谷の○○組も解散しちゃって、青山で“ロブロイ”っていう
 ジャズクラブを経営してたんだ。
 外車を乗り回して景気良かったよ。あの頃は・・・。

 ・・まだ府中刑務所にお世話になる前の話だったなあ・・・!」


怖いもの知らずの男達の、ビールを飲みながらの言いたい放題。

政治家から芸能人、サラリーマンから奥様方・若い女性の価値観・化粧法にいたるまで、バッサ・バッサと手当たりしだいに切りまくっていた。

・・・ああ気持ちいい!

≪ ないしょで、 しかも期間限定で一部お見せすることにいたします。?
客席から撮影しました。  ( ̄∇ ̄)シ――!!




※先日テレビを見ていたら、ワイドショウの“奥様は片づけ上手” とか何かの番組で、奥さんが使わなくなった旦那の荷物を勝手に処分していた。
自分のクダラナイ服やバッグは捨てないくせに、夫の道具や服や本は
かたっぱしから捨てていた。


その中に、昔のメンクラ誌やVANグラフティ誌が入っていた。


・・・私は“あっあ~なんということを!”と叫んでいた。
男の宝物は女性とは違う・・。
宝石や貴金属・ブランドなどでは無い。


青春の思い出の品は、大切な男の宝なのである。
あの奥さんには一生トラッドは理解出来ないだろう。

現実的な心無い女性から見れば、ガラクタの山なのかもしれないが、
男とは、子供の頃の“宝箱”や“机の引き出し”の如く、“ビール瓶の蓋や
ビー玉やメンコや土器の欠片や思い出の品”を、後生大事に持っているものなのである。


だから私は大昔の手紙や写真も捨てないし、人に強制もしない。
旦那の思い出まで勝手に処分しようとする妻は、いったい何様なのか。
少しはトラッド愛好者や男のロマンを理解して欲しいものだ・・・。


それにつけても、人生で三度もの無一文生活を味あわせてしまったのに、
これ程沢山の、大切な夫の思い出の宝を守り続けた女性!

会長の奥様こそが、最高の“男の宝”であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく




“VAN SITE”ZOKU-SEISHUN VAN NIKKI 130
Copyright(C) IDEAKONA. All Rights Reserved.