続・青春VAN日記133
ケント社の巻・その99(1988年秋)
<秋の日のヴィオロンのため息①>
FM放送からパーシーフェイスの“♪夏の日の恋”が聞こえ始め、 あの、♪~はるかな尾瀬~“夏の思い出”・・・が耳に入り、日野てる子さんの“♪夏の日の思い出”のメロディ が流れると、青山にも一気に秋の気配が近づいてくる。
かつては旧V社の販促部室で“秋の日は軽部おとし”なんてふざけていた私も、気が付けばすっかり“オジサン”になっていた。
最近、アルバイトのオバさん達の無慈悲・無遠慮な会話によって、自分が今や完全に“中年”の極印を押されている事に気づかされ、時の流れと自分の年令に慄然としたものである。
私は間違っても二枚目と言われる容姿では無いが、それでも、・小学生の頃には、近所のおばさん達からは“皇太子さま”に似ていると言われた。
・中学生の頃は“舟木一夫”に似ていると言われた。
・大学生時代には、よく“慶応ボーイ”と間違われた。
・V入社したら、“青島幸男・巨人の西本投手”に似てると言われた。
・極々まれには、児玉清に似ていると言われた事もあった。
・・・それが、・・このたびは・・“渥美清”だった!
毎日の徒歩通勤に通う、外苑西通りの青山墓地界隈の景色にも音も無く枯葉が舞い始め、落葉の絨毯を踏みしめ歩いていると、さすがに、“人生の盛夏の終わり” をしみじみと感じてしまい、ヴェルレーヌ・上田敏の訳詩“秋の日のヴィオロンのため息”や、ナットキングコールの“枯れ葉”のメロディが心に浸み入り、柄にも無くIn a sentimental moodになる私なのでした。
“嗚呼、我が人生もすでに半ばとなりぬるか!”
“私は、いったい何を成したのだろうか?”
マルクスは言った。「全ての価値の根源は人間の“労働”である」と。
想えば十数年、私は実に身ぶるいするほどに働き、ひたすら仕事をし、ようやく業界の中でも少し目立つ存在に成る事ができた。
その原点は、“好きこそ物の上手なれ”、であり、大好きなV社への“報恩奉仕・御恩奉公”精神であり、個人利益よりも仲間の喜びを自分の喜びにする考え方だった。
とにかく、かつて旧V社に入社を果たした時、VANの仲間達とは皆、当時の最高倍率を乗り越えて来た国立・早慶・一流大卒の何かしらの優れた能力を持つ青春の達人ばかりだった。
とても自分如き凡人がしゃしゃり出られる幕では無かった。
ただ、愛社精神だけは誰にも負けるつもりは無かった。
だから凡人の私が会社で生き残るためには、仲間達よりも仕事量と時間を増やして、質より量で対抗するしかないと思った。
だから職住接近・24時間労働の全生活VAN社員を目指した。
素晴しい仲間達がいたからこそ、それは出来た。
・・・そして十数年近くが経ち、ようやく管理職にもなった。
・・・だが、手伝いに来たアルバイトのおばさんは、私にいとも簡単に言った。
「あんた、バカじゃないの!」
<男の仕事>
たとえば、菊池寛の小説「恩讐の彼方に」の”青の洞門”の話ではないが・・・、
“遥か山の上を廻らなければならないような迂遠な道があるとする”
すると、そのうちに一人の男の目が光り出し、ハタと膝を打ち、家にとって返すとノミや槌とやらを持ちだして、固い岩にトンネルを掘りだした。
・・・ゴハンの時間がきても帰ろうとしない。
・・・眠る時間となっても家に戻らない。
やがて髭ボウボウとなり、頬はこけ、マナコはくぼみ、それでもトンカチ・トンカチやっている。
その女房が泣こうが騒ごうが知った事ではない。
ついに女房は子を連れて家出し、家の軒は傾き、そこにペンペン草が生えても、そんなことは意に介さない。
もう村人の便利のためにトンネルを掘るという目的すら曖昧になっても、穴を掘ること自体が執念にさえなっている。
かくして十数年が経ち、向うの岩がくずれると眩しい日の光が差し込みミイラの如き男はウウムと満足げに唸って、・・・大往生した。
トンネルは開通した。
すると、いままではその男のことを“キチガイ・コジキ・バカ”と嘲笑っていた村人たちが、集まって来て・・・、今度は“偉人・恩人・神様”と石碑を建てて褒め称えるのだった。
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まあ、極端な男の“仕事”とは、ざっとこんなもんでしょうか。
単純な給料獲得のための生業の事を言うのでは無く、村人たちの夢をかなえるための、社会に奉仕する自己犠牲行動。
いわば、“大義に生きたい”男の自己満足行動なのであります。
(※“義”とは公共のためにつくす心。義務・義理・信義・道義・等。
♪~義理と人情を計りにかけりゃ、義理が重たい男の世界~、です。
・・巷には時折、こういう律義な1型男が出現します。) |
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損得勘定の達者な自己中心・現実的な女性達から見れば、きっと「ばっかみたい~」なのでしょうか。
・・すると、恐れ多き事ながら、歴史に名を残した偉人や英雄や義に生きた男達・・・、
坂本竜馬も二宮金次郎も田中正造も、赤穂浪士や高倉健も・・・、
アリストテレス・ソクラテス・孔子・仏陀・キリスト様達も・・・、
一部のお利口な女性達から見れば、もしかしたら「ばっかじゃないの」なのでしょうか。
「男って馬鹿ね・あなたは仕事と私とどっちが大事なの!」・・か。
・・・やっぱり私は、青山の“トラさん”だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく
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